Column
2026.03.22
昨日今日と両親の還暦をお祝いする旅行のため山梨県へ。
以前妻のお義父さんとお祝いしたホテルがとても良かったので今回もお世話になってきた。
おかげさまで天候にも恵まれてホテルから見る富士山もとても良かった。

たくさん迷惑をかけてきたし、その中でも1番時間も気持ちもお金も注ぎ込んでくれたであろう自分を筆頭に兄妹3人で何かしてあげたいという想いが形になって良かったなと思う。
夜には両親への感謝やこれからも宜しくと伝えつつ、プレゼントとして家系図調査会社からの調査書を贈らせてもらった。
名字の由来や安政元年まで辿ることができた家系図をプレゼントさせてもらったのだが驚愕したことがあった。
私たち平野家は毎年熱田神宮に初詣に家族で行くのだが、何故か祖父がその行事にこだわっていたことを覚えている。
私はどこにでもあるありふれたお参りだと思っていたのだが、今回調査したところ我が家系は熱田神宮の近くで商材をしていた歴史があるようでとある一画の街で歴史上ずっと過ごしているのだ。
ここまでなら熱田神宮に定期的に行ってたんだねで終わる話なんだが、そんな過去があることを全く知らない中で、私の娘が産まれてからのお宮参りは少しメンバーが変わった事もあり車を停める場所を変えていたのだ。
まぁ何となく車も2台になって駐車料金もバカにならないし適当なところに停めるのも恒例行事に含まれるようになっていたのだが、、、
そう。そのずっと停めていた場所こそがずっとご先祖様が過ごしてきた場所とされるところだった。
もう皆んな絶句。
というのはその場所は半径100mもない本当に狭いエリアで、なんでそんなところから熱田神宮へ行くの?と言われても説明が出来ない場所。
娘が産まれてからという事や今回調べたタイミングで初めて発覚する事含めてご先祖様に呼ばれていたのか?とスピリチュアルな空気が流れるくらい衝撃だった。
事実は変わらないが、私たち人間の最大の権利は解釈によって可能性を広げる事ができる事だと思う。
解釈次第で物事がプラスにもなるしマイナスにもなる。今回の出来事も、偶然だねで終わらせるのか。何かあるはずだ。ご先祖様がみてるから恥ずかしいことはできないねと解釈するのかで言えば私は後者の方が好きだ。
そうやって毎日の中で意味をもたらせる方がお金や時間と違う、心の豊かさを育てる事ができると思うから。
私も両親の愛をたくさん受けてここまで育てて頂いているように、たくさんの人に愛を与える存在になると改めて決意した日でもあった。
改めてご先祖様ありがとうございます。